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風の森通信 第2200号


令和二年(2020)  干支 庚子(かのえね)


 今年も大崎市岩出山の中森宗和様から、臨済寺専門道場の阿部宗徹 無底窟老大師の色紙が届いておりましたのでご紹介させていただきます。
中森様には改めて感謝申し上げます。

子  福寿

ネズミと福大根(オオネ)


 正月に大根膾(なます)は付き物。
その大根を『菜頭(さいとう)』と呼ぶ国もある。
この発音が『彩頭ー幸先がよい』につながる。
人生はいつも幸先がよく、中もよく、末永く幸せでありたい。それ故に幸先がよいという喜びに出会いたいと願う。
嫌われ者のネズミもよく見れば可愛い顔している。蔵の穀物を己が天下の宝とするから『虚空蔵さま』と呼ばれたり、船乗りにとっては安全を確信させる大切な同乗者。

 吉凶禍福・良し悪しはそれを受けとめる側の事情にあり、天地の道理や自然の営みはそれを待ちはしない。
それにしても、世界の混乱と災害は収まることを知らない。それを我身一身の不徳の致すそころと深く顧みる先人達を知ることが出来るが、それを倣う人は少なく責立てる人は多い。
冨も幸も財も貧り担ぐ人たちに、幸先のよい軽やかなスタートは望めない。
詩経に「鼠を相(み)れば皮有り、人として儀なからんや」嫌われ者の鼠でさえ替えがたい姿をしている。
あらゆる存在に尊厳が具わるし、人には人たらしめる威儀がなくてはならないという。その鼠を不都合だからと言って投げ飛ばす先に、こだわりの器があって壊れてはしまいかと慌てる(漢書賈誼伝)という身勝手で愚かなことは恥ずかしい。

 令和の御代の初めての春。
これまでの多くの悲しみを慰め、ひたすら今日の此の日より末永い安寧を祈るばかり。

    臨済寺専門道場  阿部宗徹



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風の森通信 第2164号


2019年 己亥(つちのと・い) 初日拝む!


 新年あけましておめでとうございます。
三年続いた喪がようやく明け、久しぶりに正月飾りの準備をして迎えた新年は、普段の生活にようやく戻れるという安堵感があるものです。
仙台における元日の暁天は東から動き出し、日の出直前の「初東雲(はつしののめ)」を経て、「初明り」の静かで清々しく光を増してきます。「初御空(はつみそら)」に昇る「初日」は万象改まる新年の象徴そのものです。
私はその神々しい輝きに、一年の天下泰平、五穀豊穣と無病息災を祈り、手を合わせて静かに頭を垂れたのです。
  

不食余

阿部宗徹老師筆  不食余

 
 人はみな一日働いて一日分を食べる。
快食快眠快便でいろいろなものを溜めこまず、労働も溜めず、食も溜めず、毎日を勤勉に暮らすことが精神的にも肉体的にも健康でいられる秘訣。 
あえて食べないことで余らせることは、飽食の時代と言われる中で多くの食材が廃棄される社会構造を作った人間への戒めであろうか。

 本年もまた大崎市のN先生から阿部老師の色紙をいただきました。
感謝申し上げます。
「不食余」 しかと心に刻んでおきます。


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風の森通信 第2117号


平成三十年 戊戌  (つちのえいぬ・ぼじゅつ)




 阿部宗徹老師筆   無事

 

 何よりも、世界が平和であり、災いや病におかされず。
人々が敬い合い、暮らしが豊かであり、平穏でありたいと願う。

 自己の大切な宝とはいったい何でしょう。
金銀財宝、信条や理念、大切な私のまこと。
社会や国家にも是というものがあり、国是、社是、学是、、どれもこれも大切なもの。
しかし、それは決して人に押し付けたり、他を抑えつけるべきものではない。
お互いの大切な宝を認め合い、育み合っていくことが幸せの道であろう。自らの宝を見失い、外に向かって追い求める心の姿から解き放たれて、正しい智見をかちえて、良き社会を築きあげて行きたいものだ。

 そして、何より大切なこととは、等しく、そして円かに具わる仏心に目覚め、へだてなく、侵すことなく、育み合って生きることにはかならない。

         臨齋寺専門道場 阿部宗徹


 本年も大崎市岩出山の中森宗和先生から阿部老師の色紙をいただきました。
「無事」
現代社会の中で今一番求めれれていることではないでしょうか。



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風の森通信 第1011号


万歳千秋 天下泰平


 今年も大崎市岩出山の中森先生より、阿部宗徹老師の色紙が届きましたのでご紹介させていただきます。

平成二十八年 干支 申

「万歳千秋 天下泰平」 (ばんぜいせんしゅう てんかたいへい)

新年、永久の幸と長寿を祝い舞う「千秋万歳(せんずまんざい)」は元々「せんしゅうばんぜい」と読むそうな。

 世界の混乱の中、我が国の安全保障も、世界の平和への貢献も只一人おのが舞を踊ればいいと言うわけには行かなくなってきた。
内にも外にも、決して侵し侵されないという誓いがあらねばならぬ。
万邦の平和と人類の幸福を祈るとき、
釈尊の「大慈悲心」を只の標語に終わらせないという覚悟と努力を失わないよう祈るばかりである。

  静岡 臨済寺専門道場 阿部 宗徹



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風の森通信 第945号


 仙寿金華之石 打而作羊


 新年明けましておめでとうございます。
仙台は雪が3cmほど昨夜から降り積もり、朝日に照らされ真っ白な光景です。
今年も願うことは天下泰平・国土安穏
自然災害がなく、東日本大震災の復興が一日も早く実現してほしいものです。

 ありがたいことに今年も大崎市岩出山の中森先生から干支色紙をいただくことができました。


 平成二十七年 乙未 (きのとひつじ)歳

 臨濟宗徹大老師筆   仙寿金華之石 打而作羊 


宗徹大老師からの添書きがありました。

「仙寿金華之石 打而作羊」
せんじゅきんかのいし だしてひつじとなす

 黄初平(こうしょへい 328年?~386年?)、晋代中国の仙人。浙江丹渓人。
黄大仙(道教系寺院)に本尊として祀られる。

 羊飼いをしていた十五歳の時、一人の道士に気に入られて金華山の石室に連れて行かれて修行する。
兄の初起が四十年後に探し当て、羊の存在を尋ねると、初平は云う。
「兄さんには見えない」と。そして鞭で周りの白石を打つと、それは悉く変化し忽ち一万頭の羊となったという。
仙なる道は物質・概念・時空を越える。
兄の初起もまた世を捨てて初平とともに仙道を究め、不老不死となった。
初平はその後「赤松子」と名を変え、初起も「魯班」と称した。
この世はすべて一面からの概念や定義よってみることを余儀なくされた世界。そんな特殊な枠を取り払えるなら、あらゆるものが新たな価値と意味づけをもたらすはずである。
                   静岡 臨濟寺専門道場 阿部宗徹


  生きることただそれだけのこととして小さき羊石よりいずる 
                             H27.1.1 冨樫通明


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プロフィール

 冨樫 通明  (仙台市在住 ・ ぎゃらりー風の森代表)

Author: 冨樫 通明 (仙台市在住 ・ ぎゃらりー風の森代表)
NPO法人和の学校会員、和の学校仙台分校会員。
茶道を中心とした「和の文化」の実践と普及・拡大と、ヘルマンハープ演奏にも取り組んでいます。
昔からあった美しい東北の四季、それを彩る催しそして癒しの音色などもお届けしていきます。

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