「もってのほか」を食す
今朝は、庭の畑に咲いている淡い紫色の「もってのほか」を摘み取ってきて、自分で茹でて作ってみました。
「もってのほか」は食べられる菊「食用菊」のことで、秋の季節には欠かすことのできない旬の食材です。
「もってのほか」という名前は山形だけの呼び名のようですが、他の県では「延命楽」として知られているようです。今では東北が主な生産地となっていて、その中でも山形県は食用菊の生産量では全国一位。
食してみるとほのかな香りと苦味、そして甘み、しゃきしゃきとした食感がたまりません。
昔は奈良時代の頃に、中国から漢方薬として伝わってきたといわれていますが、菊の花びらを食用にしたのはいつの頃からででしょうか。
私が生まれ育った山形では、秋の味覚として古くから食べられていて、山形の秋の味覚として親しまれています。
子供の頃には籠いっぱいの「もってのほか」の花びらを取るように母からよくいいつけられたものです。それも花の芯の部分は苦いので、外側の花びらだけを取るようにと仕事を頼まれましたが、数が多いのでいい加減飽きてしって閉口したものです。
花びらの部分は写真を見ても分かるように、筒状になっていて茹でても形があまり崩れずに出来上がります。
作り方はいたって簡単で、取った花びらをちぎりさっと水で洗います。
たっぷりの熱湯の中に酢を少しだけ加え、その中に花びらを入れて箸で2回から3回ゆっくりとかき混ぜます。歯ざわりを楽しむために茹ですぎないのがコツ。ザルに入れて水に放して水気を取りますが手で硬く絞ることなどもってのほか。
皿に盛り付けて酢醤油をかければお浸しの出来上がり。
食卓に並べばそのきれいな彩りとお味は風雅な一品です。
いただくときに箸を持つ手に菊の花の残り香があって、私にとってはそれもまたご馳走なのです。
家の庭で栽培した「もってのほか」はまったくの無農薬。
今夕、おいしい日本酒に菊の花びらを浮かべていただくことにいたしましょう。
日本の伝統的なエディブルフラワー(食用花)としての「もってのほか」を、皆さんもいただいてみませんか。
関連ブログ記事(平成18年9月9日・風の森通信第326号)
今日のお稽古は月末ということもあり、木曜日のお稽古の先輩と一緒に「且座之式」そして「貴人清次花月」
五人揃えばいつも花月ができるので、月に一度のお稽古はありがたいものです。
花月の中ではお茶杓の銘をお聞きすることはありませんが、次回のお稽古の時はこんなふうに応えてみたいと思っています。
「お茶尺の銘は」
「着せ綿と申します」
菊の花を愛でながら長生きをしたいと思うのは、昔から変わることはありません。
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「春蘭」薄茶席
近くの市民センターで開催された「センター祭」での薄茶席、とても楽しくそしておいしいお茶をいただくことができました。
テーマは「お月見」
立礼席で点茶盤によるお点前。
色の鮮やかなお道具、おしゃれなお道具、遊び心のあるかわいいお道具そしてお茶杓の銘が心に残ります。
主 茶道グループ「春蘭」
床 円相
花 すすき、秋海棠、ほととぎす、紅白水引
とらのお、秋明菊
香合 豆のさや
(秋の花も野にあるように)
釜 糸目富士
風炉 九谷窯
皆具 唐花文様
薄器 竹に雀蒔絵ひさご棗
茶杓 銘 むさしの
茶碗 薩摩盛金菊胴締
替 会員持ち寄り
御茶 千代の昔
菓子 銘 お月見
菓子器 薩摩うさぎ足付き
(多くのお客様でにぎわいました)
(三匹のかわいいうさぎが菓子器を支えてくれます)
センター祭でのお茶席ということもあり、お茶会のためにわざわざ着物でこられた方々、会員のお友達の方、子供さんを連れたご近所のご家族、そしてセンター祭に出演されている方々などたくさんのお客様がお見えになり、終始和やかな雰囲気の中でお茶をいただくことができました。
私がいただいたのは「六瓢(むびょう)」のお茶碗。
昨日の月釜に続く「六瓢」でのおもてなしは、私にとって大変ありがたいものでした。
伺った甲斐がありました。
そして「無病息災」ありがとうございます。
お茶杓の銘は「むさしの」
手にとり景色を拝見しているだけで、広大な原野そしてそこには月、ススキなどの秋草、風や露そして霜が目に浮かんできます。
この季節、「哀れ」もサブテーマだったのでしょうか。
替茶碗は会員の皆様方がお持ちになったとのことでしたが、どんな思い出のお茶碗だったのでしょう。茶道グループ「春蘭」の会だからできることなのかもしれません。会員一人ひとりの手で作り上げてきたお茶会であることを強く感じることができました。それに喫架の上で、陰のお点前も拝見させていただいたことはとても新鮮なことでした。
「ひと工夫する」「ひと手間多くかける」会員皆様方の心のこもったお茶会だったのです。
晴れ渡った一日、お茶会に参加し楽しいお月見ができましたこと、「春蘭」の会の皆様方に厚く御礼申し上げます。
次のお茶会にも是非参加させていただきたいと思っております。
先生をはじめ会員の皆様お疲れ残りませんように。
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曼珠沙華(マンジュシャゲ)
今日は彼岸の中日。
曼珠沙華は不思議な形の花で、我が家の庭にもちょうどこの日に合わせたかのように咲いてくれました。
車を運転していて田舎道で群生しているのを見つけると、赤く燃えるような咲き方がなんとも印象的な花です。
子どもの頃家に持って帰ると、母に「家が火事になるから遠くへ捨ててきなさい」とよく怒られたものです。
真っ赤な色が火を連想させるからでしょうか。
大人になって分かったことですが、彼岸花の中に毒があるのでそれにさわらないようにとの教えだったようです。
最近ではご近所の庭先でも、よく見かけることができるようになりました。
二枚の写真とも花の真上から撮影したものです。
上は花の中心部、下はフラッシュをたいて花全体の形がほぼ真円になっていることがわかるように撮ってみました。
午後から瑞鳳寺での月釜に、斎藤宗紀先生そしてUさんと一緒に参加してきました。
濃茶席
主 裏千家 矢野宗和氏
床 清秋竹露深
花 白鉄線
茶入 瀬戸
茶碗 井戸唐津
茶杓 銘 閑雲
菓子 山づと
薄茶席
主 裏千家 重光宗睦氏
床 月
花 秋の茶花数種
釜 六瓢釜
棚 源氏棚
薄器 山里棗
茶杓 銘 雁が音
茶碗 絵唐津
菓子 芒煎餅 小菊
六瓢釜(むびょうがま)のことを初めて知ることができました。
お稽古では斎藤宗紀先生には教えてもらっていたのですが、どこに瓢箪が六個あるのかまったく知りませんでした。
釜として形が面白く、風炉の真ん中に納まっているのを見ると「どうして瓢箪が釜になってすまして座っているの?」と笑みがこぼれてしまいます。
その姿、表面の図柄に二個、左右の環付耳、蓋摘み、あわせて六つの瓢箪があると重光先生より教えていただきました。
拝見して数えてみると確かに六個の瓢箪です。
姿が瓢箪だということしか分からず、瓢箪の数まで数えてみることがなかったのです。先ほど先輩からメールが届きました。「無病息災」を願う言葉としても付けられた釜なのだとも教えてもらいました、ありがたいことです。
お茶を長年お稽古されている方にとっては「こんなことも知らないの」とか「当たり前じゃない」と思われるかも知れませんが、まだ初心者の私にとって、こうしてきちんと教えていただけることのありがたさを痛感しています。
お道具の持つ意味や由来をきちんと教えていただけることは、お茶の持つ楽しみ方や言葉の面白さなどを大切にすることによって、茶道の奥深さを改めて知る機会にもなると思っています。
お稽古だけではなく、こうして月釜などでもきちんと教えていただけることは茶道の普及拡大という意味ではとても大切に思えてなりません。重光先生があえてご説明していただきましたことに深く感謝申し上げます。
お席ではこの季節にちなんだお道具をたくさん拝見することができました。主菓子の「山づと」そして干菓子の「小菊」はこの季節だからこそ味わえるおいしいお菓子でした。
秋の風情を十二分に楽しむことができたお茶会だったのです。
明日は近くの市民センター祭でのお茶席に参加させていただく予定です。
これからの週末、しばらくお茶会で楽しむことが続きそうです。
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「風」を感じる街
仙台市泉区、私がこの街に住み始めてから既に25年が経ちます。
街並みもすっかり落ち着いて、それに木々も大きく育ったせいでしょうか街全体が緑に覆われてきました。
住んでいて一番強く感じているのは「風」の存在です。
この季節は金木犀が家々で咲きだして、素敵な香りをその風が運んできてくれます。
ほとんどの家に金木犀が植えられているので、街全体が金木犀の香りに包まれいるといっても過言ではありません。
今の季節は金木犀の香り漬け、着ている服にまでいい香りがついたのではと思ってしまいます。
今日は早めに仕事を切り上げ帰る道すがら、会う人はみな「いい香りですね」と挨拶をしてくれます。
街路樹や生垣そして空き地のススキを揺らす風はもう涼やかです。そしてこの季節を過ぎていく風は、郷愁を誘う音となって聞こえてきます。
そうそう、金木犀の木に早いもので冬の鳥であるジョウビタキが来ていて、コツコツとくちばしで枝をつついておりました。
空の青さ、遠くに見える山々、木々の緑そして街の人たち。
どこを見ても「風」を感じられる街それが泉パークタウン。
明日は斉藤宗紀先生とUさんそしてUさんのお母様と一緒に、仙台市青葉区正宗山瑞鳳寺の月釜に行ってきます。
どんなおもてなしが待っているでしょうか、どんな秋に出会えるでしょうか、そしてどんな「風」が吹いてきてくれるでしょうか。
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「花を入れる」
今日は茶道裏千家淡交会宮城支部研修道場で開催された「平成十八年度第四回研究会」に参加してきました。
私が正会員となって初めての研究会参加となりました。
大広間には四百人以上の会員の方々でうまり、熱気とともに緊張感が走ります。
午前中は盆香合、茶碗荘そして流し点。
昼食をはさみ午後からは貴人清次花月を教えていただきました。
先生は京都からお見えになった高橋宗健業躰先生。
その後高橋先生から「風炉の茶花」の講演もあり、有意義な研究会となりました。
「花を入れる」は茶道だけがもつ言葉でしょうか。
華道でいう花を立てるということに対し、茶道では草木を花入れに飾りつけるときに使われます。
床の花入れに花を入れるという行為は、亭主がお客に対する心のあらわれ。言い換えれば花を入れるとは、亭主の心を花にも入れる行為なのだと高橋先生に教えていただきました。
花は亭主と客との接点。
花入れに花を入れそして露を打つ。
露を含んだ花の自然の美しさを再現しようと亭主は心をこめる。
露の打たれた清楚な花は、土壁を背景にして野にあるときよりもさらにその美しさを際立たせます。
美しさを求めるだけではなく、茶花のもつ本来の姿をみて今という季節を読むこと。
花を見て自然のうつろいを感得することにほかならないのだと。
いつも花は自然でいきいきした姿で私達を迎えてくれます。
「花を入れるということは心も入れること」
心に残るお話でした。
研究会に参加して気付いたことは、お点前の流れの全体を客観的に見ることができたことでしょうか。
それは亭主のはたらき、客のはたらきを一連の流れとして一度に把握できること。
亭主が客を思う心理と、客が亭主を思う心理がいたるところで必要なことを先生から教えていただくことができました。
お稽古では得がたいことを、この研究会で習得できたのだと思っています。
来年の研究会が今から楽しみです。
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ねころんで萩とかたらう石佛
篠笛の音色近づく萩の道
萩の道「お先でした」と会釈され H18.9.10 冨樫
仙台市野草園では毎年この季節に「萩祭り」が開催されます。
花重くとはまだなっていませんでしたが、今週から来週にかけてが見頃となるでしょうか。
萩のトンネルからはじまる萩の道には、赤や白の宮城野萩が咲き揃います。
古く萩の名所として歌枕で名高い「宮城野」を、この野草園でしのぶことができます。
園内にある野草館では、少し甘みのある「萩茶」もいただくことができました。
萩の花を見た後は、茶室「茂ケ崎庵」「仙庵」での市民茶会に参加しました。
「仙庵」では、前仙台市長で現在は裏千家淡交会宮城支部支部長である藤井黎氏が席主をつとめておられました。
茶室「仙庵」は昭和四十七年に清香院様(裏千家家元第十五世鵬雲斎大宗匠御母堂故千嘉代子様)が、仙台市名誉市民となられた折寄贈されたもので、東北を代表する本格的な数寄屋造りの建物とお聞きしました。
今年は二十七回忌ということもあり、清香院様を偲ぶ思い出話をお聞きすることができたり、数々のお道具を拝見することができました。
床には清香院様筆の扇面。
花は数珠玉と白むくげでした。
お席でいただいた主菓子は「郷の香」で、清香院様がお好きだったずんだが中に入っていて豆のいい香りがしていました。
藤井支部長の袴姿はめったに見ることはできません。
正客の池田先生と藤井支部長とのご挨拶。
「支部長さんが袴姿とはお珍しい、なかなかお似合いですこと」
「慣れないことはやはりお恥ずかしいものです」
「これからも時々着物姿を拝見したいものですね」
「では、私の次の結婚式の時にでもご披露させていただきますかな・・・」
藤井支部長の気さくなお人柄と楽しいお話し、席中の皆様方から何度も笑いがおこるなど、終始和やかな雰囲気の中でのお席となりました。
午後からは、仙台メディアテークで開催されている「産経国際書道東北展」に足を運んでみました。
多くの人でにぎわう会場には、職場の先輩たちの作品が展示されています。
知人の中島さん作品「墨魂」は産経大賞受賞作品。女性が書いた字とは思えないほどの豪快さ。
先輩である熊谷さんの作品「運命峠」は会友賞受賞と、お二人の力強い作品と個性豊かな表現の作品には目を見はるばかりです。
中島さんの「墨魂」は、一つひとつの字が大きな塊となって、見ている者に迫ってくる作品でした。熊谷さんの作品は字の大きさに一つの流れがあって、峠に行き着き最後のかすれをみているとストーリー性を感じさせてくれるものでした。
同展は9月13日(水)まで開催され入場は無料。
(作品のブログ掲載につきましては、お二方からご了解をいただいております。)
ランチをとった後は、「定禅寺通ストリートジャズフェスティバル」に参加している各バンドの生演奏を聞き歩き。
疲れてしまいましたが充実した一日だったのです。
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九月九日は「重陽(ちょうよう)の節句」。
九は陰陽五行思想の陽(一、三、五、七、九)の数の中で、一番大きな陽数としてめでたいとされる究極の数。
九が二つ重なることから重陽と呼ばれています。
五節句の一つで別名「菊の節句」とも呼ばれ、お酒に菊の花を浮かべながら祝う風習などがありました。
三月三日の「桃の節句」、五月五日は「端午の節句」、そして七月七日「七夕」はよく知られていますが、九月九日の「重陽の節句」はあまり一般的ではありません。
今では華道や茶道そして能楽の世界でしか、それに接する機会がなくなってきています。
今日のお稽古で「菊慈童(きくじどう)」の話を、斉藤宗紀先生から教えていただくことができました。
中国の昔のお話で、山の麓から不老不死の薬の水が流れでるという噂が広まり、役人達はその山に向かいます。人も住まない山奥に庵があり、その中に童子が住んでいました。話を聞いているうちに童子の年齢が七百歳を超えていることが分かったのです。
山中にたくさん生えている菊の葉に経文を書き、そこにたまった露が流れ出て不老不死の水になったと語り、その水を帝に勧めるというお話。
菊の節句の前夜に、菊の花の上に丸い綿を被せて、重陽の朝に朝露に濡れたこの綿で肌を撫でると長寿と災難から免れるといわれ、その綿のことを「着綿(きせわた)」として重宝されてきました。昔の人は「着綿」を着物の中にいれるなどして、長寿を願ったともお聞きしました。
春に咲く桜とは一味違った思いが、菊の花にはこめられてきたようです。
我が家の庭の畑には、食用菊を一種類だけ植えています。
「延命楽」別名「もってのほか」と呼ばれているもので色はピンク。
母からは「天皇家の御紋の菊を食べるのはもってのほか」と言われてきたのですが、そのわりには昔からよく食卓に並んでいたものです。
菊の花を食べるのは山形県内だけの食文化。
茹でてさっと水で洗い、醤油または三杯酢でいただくものでシャキシャキして歯ざわりもよく、口の中で菊の香りが広がりそれは美味しい山形の秋の味覚です。
菊の花を食べるというなんとも優雅な食文化。
秋になるとよく食べているので、百歳はゆうに健康体でいられるはずなのですがさてどんなものでしょうか。
まだこの時期は菊の花はご覧のとおりの蕾です。
これも新暦による季節感の違いでしょうか。
菊苗は一列植えているので今月の下旬頃から食べられるはず。
待ち遠しいものです。
「お茶杓の銘は」
「菊重(きくがさね)と申します」 と応えてみました。
今日のお稽古は小習の「盆香合」「茶碗荘(ちゃわんかざり)」そして特殊点前の「流し点(ながしだて)」
「流し点」は普段使えそうなお点前なので、是非覚えておきたいものです。
昨夜作った「浮島」を十個ほど持参してみました。
手作りだけになんとか皆様方には食べていただくことができました。
さて次回はどんな主菓子に挑戦するか楽しみです。
来週九月十六日(土)は、正会員として宮城支部研修道場での研究会に初参加となります。
内容は今日のお稽古で教えていただいたお点前の他に「貴人清次花月」
先生は京都の高橋宗健業躰先生とのこと。
どんな研究会になるのでしょうか今からどきどきです。
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九月となると必ず聞きたくなる歌があります。
竹内まりや「September」
からし色のシャツ
街は色づいたクレヨンが涙まで染めて走る
ほどけかけてる愛のむすび目
心に影がさした
涙が木の葉になる
めぐる季節の彩りの中
ラブという言葉だけ切り抜いた跡
トリコロールの海辺の服も二度と着ることはない
セプテンバー秋に変わった
悲しく切ない歌なのに、軽快なテンポのせいか心地よく耳に入ってきます。
立って聞いていると、ジルバで踊りたくなってくるお気に入りの曲。
今夜はゆっくり聞いてみることにしましょう。
そして九月になってもう一つ気になるのが「月」
今年の中秋の名月(旧暦八月十五日)は、十月六日(金)とまだ一ヶ月も先のこと。
今日九月八日は、旧暦七月十六日の満月。
旧暦ではその日付が月の大きさでなので、月の形は誰でも知っていることでした。ところが新暦になってから、日付と月の大きさが一致しなくなってしまい、これまでの伝統や文化を日々の生活に取り入れている日本人にとって、戸惑うことが多いものです。
今朝は快晴でしたが昼前から曇り始めてきて、残念ながら今夜は満月を眺めることはできません。
皆様方の地方ではいかがでしょうか。
しかし茶道をやっている私は、お茶会やお稽古でたくさんのお道具でお月見ができます。しかし本物の月をじっくり見る機会がなくなってきました。
子供の頃は月をよく見ていた記憶があります。
最近といってももう十年前も前のことですがその時は車の中で。
そして三日前、きれいな月を寝ながら見ることができました。
外がいつになく明るいのでカーテンを開けてみると、金木犀の木の上に十三夜の月が輝いていたのです。
寝ながら月を見ていると、地球の動きや雲の動きの早いのに驚かされます。
「寝待月」「臥待月」いろいろなことを想像できる言葉の響きです。
満月の他には新月、三日月、上弦の月、十三夜、十六夜(いざよい)、立待月、居待月、下弦の月、晦(つごもり)他にどんな月の名前があるでしょうか。
私の夢の一つに「月や星を見ながら眠ること」というのがあります。
もう一度家を建てる時は山奥にと思っていて、自分の部屋には屋根のほとんどがガラス張りの部屋を作りたいと思っています。
毎日星空を見ながら眠ること。
自然の中にそして宇宙の中にいるのだと、実感できるのではないかと思っています。
日中はまだ残暑が残っているものの、さすがに朝夕はしのぎやすくなってきました。
そして空が高くなってきたことを感じます。
秋になると空も、水も、水に映る山さえみな澄んでくる季節。
九月十日(日)は、和の学校仙台分校「お茶を楽しむ会」の第15回例会が仙台市野草園と仙庵・茂ケ崎庵で開催されます。
風に揺れる萩の花を見ながら、お茶室でどんなお月見ができるでしょうか今から楽しみです。
皆様方もお出かけくださいお待ちしております。
http://www18.ocn.ne.jp/~kaze001/reikai/annai15.htm
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「お茶杓の銘は」
「行逢の空(ゆきあいのそら)と申します」
先輩の渡辺さんが応えてくれました。
九月の初めは、夏の空と秋の空とが行き逢う季節です。
夏の空は残暑を連れてまだ去りがたく、秋の空はどうしたものかと遠慮がち。
にじり口は開け放たれ、時折入ってくる微かな風はすでに九月の気配です。
新涼を肌で感じながらのお稽古になりました。
外をのぞいてみると夏の暑さは徐々におさまり、路地の草たちは虫を隠しながら秋の訪れをささやきはじめています。
仙台では最高気温が25℃とエアコンがなくてもしのげるようになってきましたが、まだ蚊がいるせいか蚊遣りが焚かれておりました。
懐かしい香りとその形。
夏の終りを惜しむいつもと変わらぬ趣です。
床 白珪尚可磨 白珪(はくけい)なお磨くべし
花 白木槿(むくげ)、水引
(木槿の白い色がお茶室で一際輝きます)
今日のお稽古は「初炭所望」「盆点」そして「貴人清次」
Uさんが新たに加わり、午前10時からのお稽古になりました。
生徒が三人となり、お茶の量やお道具の拝見の仕方、お道具の返し方などいろいろ勉強になります。
金沢清香室(せいかむろ)の「くるみ」おいしゅうございました。
お稽古が終わって空を見上げれば、夏の空はどこにいったのでしょうか。
雲の形が違ったり、気温の変化や風の向きが変わったとしても、いつも青空が見えるそんな心でいたいものです。
明日は裏千家淡交会宮城支部の臨時総会が、青葉区上杉にある仙台道場で開催されます。
どんな空になるのか今から楽しみです。
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