風の森通信
「和の文化」(茶道、短歌、俳句、東北の四季・歳時記)発信ブログ
風の森通信 第382号

「和の学校シンポジウム」

・日時 平成19年3月30日(金)午後1時00分〜4時30分
・場所 東京国際フォーラム・ホールC

 新幹線からみえる上野の桜は八分咲き。
朝方東京駅に降り立った頃雨も降っていましたが、日中は晴れ上がり気温も20℃とあたかな春の日差しです。
和の学校事務局のお手伝いとして、仙台分校から2名参加してまいりました。

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私は和の学校関係者の受付を担当、もう一人参加していただいたОさんは一般の受付スタッフとして担当してきました。
日本文化の楽しさ奥深さそしてその魅力を知ってもらおうと、和の学校と讀賣新聞社が主催したもので、会場は1,200名の参加者で満席となりました。
シンポジウム開催の基調講演として、裏千家坐忘斎お家元から「茶の湯は日本のポータルサイト」そして和の学校の意義についてお話をいただきました。
第二部は桐竹勘十郎氏ほかによる文楽公演。

「義経千本桜 道行(みちゆき)初音(はつね)旅」

道行とは旅の場面を指していて、にぎやかな鳴り物と舞踊的所作の入ったもので、浄瑠璃の語り、華やかな三味線、そして人形の三業とお囃子が一体となって物語が展開していきます。特に一つの人形が3人で操られ、息のあった動きには驚かされます。
全山花盛りの吉野山を背景に、静御前が義経の形見の初音の鼓を鳴らします。すると狐がどこからともなく現れ、家来の佐藤忠信に化けて昔の思い出を語り合いながら義経に思いを馳せるというもの。
鼓や太鼓、鐘の音が目の前で打ち鳴らされ、舞台の華やかさとともに臨場感あふれるものでした。
第三部のパネルディスカッションでは「いま伝統文化が面白い」をテーマに歌舞伎俳優の坂田藤十郎さん、狂言師の茂山千五郎さん、作家の林望さんが参加。そして司会には平野啓子さんと日本文化を代表する皆様方で話が進められました。
私は受付担当ということもあり、ほとんど会場に入ることはできませんでしたが、時折舞台裏から文楽やシンポジウムをスタッフの一員として、拝見する機会をいただくことができました。私にとって文楽をみるのは初めてのこと、それも舞台裏からみるのは誠に得がたい経験でした。

今朝の讀賣新聞にその様子が報じられております。和の学校のホームページ「和文化NewsBox」の中でも、文楽の舞台がカラー写真付きで紹介されておりましたので是非ご覧ください。シンポジウムの詳細は4月15日頃の新聞に掲載されるとのこと。
その後に行われたの懇親パーティーには、シンポジウムに登壇された方々や、和の学校関係者そしてスタッフも参加して行われました。狂言師の茂山千五郎さんとの交流のテーブルでは、舞台のことやご家族のことなど楽しくお聞きすることもできました。
和の学校伊住理事長、大谷専務理事にも初めてご挨拶させていただきました。
そして和の学校理事で事務局の吉田さん、山下さんをはじめボランティアスタッフのYさんや多くの会員の皆様方とも交流できたことが、今回のシンポジウムに参加しての大きな収穫です。
受付でご一緒させていただきましたHさん、Sさんには大変お世話になりました。この場をお借りし御礼申し上げます。

 帰りの新幹線の中で淡交社出版、伊住宗匠著「茶の湯の小窓」を読みながら宗匠を偲ぶことができました。
そしてシンポジウムの余韻を楽しむことができたのです。


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風の森通信 第381号

「弥生の茶会」

・日時 平成19年3月25日(日)午前11時00分〜
・場所 宮城県大崎市古川  祥雲閣

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みちのくのおだえの橋やこれならむふみみふまずみ心まどわす

                     藤原道雅(後拾遺和歌集)

 「緒絶橋(おだえばし)」は歌枕として名高く、その後も多くの歌人たちにも詠われてきました。
玉造川の流れが新しく変わり、古くから流れていた川は玉の緒(いのち)が絶えたので「緒絶川」と呼ばれ、その上に架けられた橋が「緒絶橋」として昔から親しまれてきました。
橋のふもとに佇めば、橋を渡ろうかそれとも戻ろうかと悩んでいる作者の姿が目にうかんできます。

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そんな「緒絶橋」から北東に約1km、荒雄公園の隣にある和風の大きな建物が祥雲閣。
そこは県北随一の本格茶庭です。
庭園の中に入ると茶室「龍華庵」が見えてきます。

立礼席

 主  表千家 佐々木 宗香 氏

 床   利休座像遺偈    積応
     枝垂桜の絵     仲春洋
     香満衣        逢春禅寺法谷文雅
 花入  三つ具足      青交跡
 花   菜の花に見立てて

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1591(天正19)年2月28日、豊臣秀吉の命により死を賜った利休居士の祥月命日。表千家では新暦3月28日に追善釜がかけられると先生からご紹介がありました。多くの市民の方々にも利休居士の遺徳を偲んでいただこうと遺偈(ゆいげ)が掛けられました。
利休居士が好んだ菜の花は、県北の大崎市ではこの季節なかなか手にすることはできません。
暖冬とはいえお茶室の北側にはまだ雪が少し残っておりました。

「香満衣」(こうえにみつ)
弥生の季節は花の季節。
お花畑の中で花を摘んで遊んでいると、知らず知らずのうちに花のよい香りが着ている衣服に染み付いてくるというもの。
佐々木先生から、茶道も「感化の教え」のひとつとお聞きしました。
お茶を楽しんでいただける方々に、少しでもよい香りをつけてあげられる花になりたいとお話をいただきました。

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   釜    
   水指   枝垂桜の絵 山背窯 北川竹久
   茶器   夜桜蒔絵平棗     湖彩
    替    溜雪月花
   茶碗   金砂子桜の絵     小倉寅介
   茶杓   月に枝
    替    黒
    建水  青磁
    蓋置  蝶の絵
   御茶   又去
   菓子    花の香         菓匠三全

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写真左側が佐々木宗香先生。
お茶席では荒雄公園の桜より、一足先にお花見をさせていただくことができました。
また、写真撮影並びにホームページ掲載にあたり、快くご協力をいただくことができましたこと改めて感謝申し上げます。


  弥生の月は別れもありそしてまた新しい出会いのある季節、佐々木宗香先生から素敵な香りを衣にそして心につけていただきました。
明るくお話される先生の言葉の一つひとつに、春を思わせるようなあたたかさを感じとることができました。
また、祥雲閣の木村様はじめスタッフの皆様方には、資料を頂戴したり施設をご案内いただくなど、大変お世話になり感謝申し上げます。(冨樫)

 午前の早めの時間にお茶をいただくことがでました。
「花の香」のお饅頭がしっとりとしていてなかなか美味しかったです。
利休居士が菜の花を好み、自刃のときも菜の花を生けたと教えていただき、菜の花にはそんな歴史もあったんですね。
菜の花のこといい思い出になりました。(H)

 今回の私のテーマ探しは難しく考えないで「楽しみながら学ぶ」でした。他の会員のみなさんはいかがでしたか?
黒糖の「餡玉」、お土産にたくさん買ってきました。(A)

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風の森通信 第380号

摺り足

 お稽古が終わり帰る間際に、終わった後のお茶室がどうなっているのか先生にお願いをして拝見させていただくことができました。
あれだけいっぱい並べられていたお道具はすっかり片付けられ、あるのは床にあるお軸とお花そして煮えの落ちた釜だけが残されています。

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その中でも大きく変化したのは釜でしょうか。
先ほどまであんなに煮えたぎっていた釜は、もう湯気は出なくなってすっかり静まりかえっています。
障子からの光を受けて、釜がほっとしているようにも見えてくるから不思議です。

 今回のお稽古で一つの発見がありました。
齋藤先生の歩き方です。
先日、大先輩のさんに歩き方を勉強するようにとお話があったばかりです。
今日のお稽古は、炭付花月(すみつきかげつ)と貴人清次花月(きにんきよつぐかげつ)を、あわせて四回させていただくことができました。
それぞれの花月は、先生を含めて五人で行うもので、「花」の札をひいた人がお手前をするという約束のものです。「花」の札をひいた時は、先生であっても点前座で薄茶を点ててもらうことになります。おかげで先生の足の運びを何度か拝見させていただくことができました。
いわゆる摺り足(すりあし)と呼ばれるもので、きれいな足の運び方であることが分かりました。
摺り足はよく能楽の舞台で見かける歩き方です。
以前「和の学校」のホームページの中で「貴人が外出する前に、陰陽師(おんようじ)が邪気をはらう時の足の進め方」ということを読んだことがあります。昔は摺り足で歩行することが、呪術だったということになるのでしょうか。
私も摺り足の真似をしてみたのですが、なかなか思うように足が進んでくれません。

 明日は「和の学校」仙台分校お茶を楽しむ会の三月例会です。
大崎市古川にある祥雲閣での「弥生の茶会」に参加してきます。
そして明後日は仙台道場での研究会参加となりますので、摺り足を含めてしっかり勉強してまいりたいと思っています。


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風の森通信 第379号

春めく

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    香しきものはひそかに沈丁花


    春の風残りし冬を連れてゆけ


    春めくと言いしあなたも春めける


                   平成19年3月21日 冨樫 通明

 今日は彼岸の中日、古くから「西方浄土」と呼ばれていて極楽浄土は「西」にあるとされてきました。太陽が真東から出て真西に沈む春分の日、夕日が極楽浄土への道標となると考えられたものです。ちょうど今太陽が寺岡山に沈むところなので、ベランダに出てシャッターを切りその位置を確かめてみました。

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 裏千家茶道の先生から一冊の本を頂戴しました。
鈴木皓詞著「茶の湯からの発信」
一碗のお茶をいただくのに、いろいろな価値が付加され形づくられたきた茶道について、これから勉強させていただきたいと思っております。
どのような心の在り方に出会えるのでしょうか、今から楽しみでございます。
先生には改めて御礼申し上げます。


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風の森通信 第378号

お茶のお稽古

 暖かだった冬、そして今は寒い春。
季節の繰り返しが、ここ北国の仙台でも今年はいつもと違うようです。

「このお茶室でのお稽古は、これまでもやってきたことをこれからもまた同じようにやっていくこと。忘れているということも多いでしょうが、またかなどといわないでしっかりお稽古に励んでください」
「一年前のことをまたやって、半年前にやってきたことをまた繰り返し、一ヶ月前にやっていたことを思い出し、一週間前にやったことをおさらいをして、何度も何度も同じことを繰り返していくのがお稽古ですから」
私の茶道の先生である齋藤宗紀先生から以前お聞きしたお話です。

先生の門を叩いてからもう五年近くが経ちました。
お稽古では先生から言われたことを、ただただ一所懸命やってきたということだけです。
それがお稽古なのだと改めて感じています。
先生を信じてきたからこそ、途中止めることもなくやってこれたのだと思っています。
利休居士や歴代のお家元によって完成されてきたお点前の型と、その精神や道を学ぶことがお稽古。そこでは自分の意見や考えなど入る余地はまったくありません。先生のいわれたことを忠実にやることが、心をそして体を無にしてお稽古をさせていただいてきたということにもなるのでしょうか。
最初は何をするにもいわれるがままで、まるでロボットにでもなったかのような違和感を感じたものです。でも一つひとつの所作が、合理的でちゃんと理由があることも教えていただき、少しずつ理解できるようになってきました。先生は覚えの悪い私に対していつも丁寧に、そして楽しんでやれるようにといろいろ工夫して教えてくださいます。

「お稽古でのお点前には必ず流れがあって、いつまでもそこに留まっていることはありません。一瞬止まったかのように見えたとしても、次の所作を考えることもなく自然に体が動いてくれるようになったらいいですね。手なりとか自然にとかよく言うけどそれがちゃんと出来るようになった時、きれいなお点前そして流れるようなお点前になるはずです。これからも繰り返しのお稽古をしっかりやっていきましょう」とも言われました。

 齋藤先生は茶道について宗教的な難しい言葉を使わず、日常的に使われる言葉でいつも教えてくださる先生です。
「お稽古」という文字を「禅の修行」と置き換えてみれば、なるほどとうなずけることが多いものです。禅の教えも普段何気なく使われている言葉の中にもいっぱい含まれていると思えてなりません。改めてお稽古の中でごく自然にそのことについて接することができるのは本当に有り難いことです。お茶室に坐りお稽古をさせていただいていることも「禅の修業」ということになるのでしょうか。
でもお稽古の中で楽しみにしている瞬間がたくさんあります。
帛紗をさばくときの手や指の直線的でありながらしなやかな動きの瞬間や、四方さばきをしている時の空気が張りつめている瞬間。
煮えたぎった釜の湯の中に、水を柄杓でさしたとき一瞬にして静まりかえる時。
足を運ぶ時、畳から聞えてくる音の連続。
真・行・草のお辞儀をして、目の前の畳を見つめている時。
それぞれの瞬間は、今からまた変わり始めるという流れの中の瞬間です。瞬間の連続がお稽古ということになるのでしょうか、そして幾度も繰り返されていくということも。

「禅」の根本は坐禅だとよくお聞きします。
なかなか長時間正坐しているのは私にとって至難の業です。
痺れないようにするには、坐りながらお稽古を積み重ねることしか解決の方法はなさそうです。
大人になってからの勉強は、自分の好きなことをやっていることもあって、誠に居心地のよいお茶室なのです。
先生に叱られそうですが苦痛や苦労と感じたことは一度もなく、毎週のお稽古が本当に楽しみです。それでは道を修めることは叶わないといわれそうですが、与えられた環境の中では十分に満足しております。
もっと若いときにお茶と出会えればと思っていましたが、逆に団塊といわれる年代になってから出会えたことは、何のしがらみもなく心のバリアもなく、力まず楽しめることを考えたとき最高の出会いであったと感じています。
私にとって死ぬまで続けられる茶道に出会えたことに、今感謝しております。

 今日のお稽古は釣釜(つりがま)での台天目点(だいてんもくだて)そして丸卓(まるじょく)を使った薄茶点前。
先輩たちは釣釜での後炭手前と茶通箱(さつうばこ)そして唐物(からもの)点前。
一日のお稽古でこれだけいろいろなお点前を拝見していると、一ヶ月分のお稽古を一度に体験しているようなものです。
生徒の我々は一番不得手なお点前をお願いしたり、忘備録が不十分なお点前のものを優先してお願いしました。
こんな機会を作っていただいた先生には感謝です。
渡辺先輩がお稽古されたのは唐物点前でした。

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お茶入がなんともおもしろい形のもので、文琳(ぶんりん)と呼ばれています。文琳は茶入の一種ですが、もとはといえば中国から伝わってきた林檎形をしたお茶入のこと。唐物と扱われているものには、中国では暮らしの中で一般的に使われていたお道具であったともお聞きしました。

 今から九年前になるだろうか、私がいわきで勤務していた頃NHK趣味悠々「茶の湯」という番組が放映されていました。
当時「和の学校」の創設者である伊住宗匠と、現在「和の学校」会員である俳優の辰巳琢郎さんがゲストで、お茶の楽しみ方を中心に番組が構成されていて、ビデオをとりながらテレビを見ておりました。ちょうど私がお茶というものの存在を意識し始め、茶道をやってみたいと思うきっかけになったテレビ番組です。
その中で最後の頃だったと思いますが「茶会に挑戦」という回があり、その時に出されたお茶碗が「高麗塩笥(しおげ)形茶碗」というものでした。形が他のお茶碗とはまったく異なっていたので、今でもはっきりと思い出すことができます。そのお茶碗は朝鮮では塩入れとして使われていた小さな壷で、胴が少々膨らみ口が締まっていてお湯の暖かさが逃げないようになっている形のものでした。辰巳さんがちょうどワイングラスのような形だと、笑いながら言っていたのを今でも覚えています。
当時は中国や朝鮮から渡ってきたお道具が重宝され、お茶入一つで戦をしたこともあるのだと先生からお聞きした。それだけ大事にされ、命をかけてまで守られてきた茶の湯のお道具たち。
今日のお稽古ではもみ手をして、ゆっくり拝見をさせていただくことができました。

 伊住宗匠がお亡くなりになったのが平成十五年二月二日。
早いものでもう四年の歳月が経ちました。
その頃私は茶道の門をようやく叩き始めたばかりでした。
宗匠が晩年力を注いだ「和の学校」は、現在NPО法人として今も伝統文化や伝統芸術を紹介するため、京都を中心に精力的に活動を展開しています。今は奥様の伊住弘美様が伊住宗匠の遺志を継がれ、理事長としてご活躍されております。
伊住宗匠の穏やかなお顔と、茶道の普及と発展に積極的に活動されていた、当時のお姿を偲ぶ一日でもあったのです。


   茶道とは禅の思想ぞ繰り返すことの連続美しきもの

   揉み手して拝見をする中国の暮らしの壷を「唐物」といふ   

                         H19.3.17 冨樫通明


 気候の変化があっても、繰り返すことの実践の時間はいつものとおり静かに過ぎる時間だったのです。

                  

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風の森通信 第377号

「青葉の昔」


お茶入に「青葉の昔」の濃茶あり開くれば杜の木々の色かも


玄関に回覧板を持ちてくる安寿と厨子王のごとく寄り添ひ


お水取りそんな季節は露地に出て水まきゆけば石よみがヘる


                 平成19年3月11日 冨樫 通明

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風の森通信 第376号

葉わさび

  今年もまた待ちに待った葉わさびの季節です。
朝早く庭に出てみると、葉わさびの鉢にはもう小さな白い花がひっそりと咲いています。

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一般的には湧き水があったり清流が流れているところで栽培するといわれていますが、ここ仙台では庭や鉢植えでもよく育ってくれます。葉はハート型で表面には光沢があり、30センチ程度の花茎を伸ばし白色の小花を房のようにたくさんつけます。
ビタミンCを豊富に含んでいるといわれ酸化防止に役立つとか。

 私は葉わさびが大好きで、よくスーバーで買ってきては自分で作り楽しんでいます。
作り方はいたって簡単。
葉と茎をよく水洗いして手ごろな長さに切り、わずかな塩でよく揉んで一時間程度放置しておきます。
その後、熱湯の中に約10秒程度入れてすぐに水で冷やし水をきります。その後醤油を少し入れ蓋付きの容器に密封し、一昼夜冷蔵庫に入れておけば出来上がりです。
いただく時、蓋を開けるときの鼻につんとくる辛さがなんともいえません。独特の風味とさわやかな辛味は、食欲増進にもなりビールのおつまみには欠かせません。味としては辛味があって爽やかな甘みがある葉わさびが最高級品。
産地としては福島県飯館村産が私にとって一番のお気に入り。
四月上旬までしか味わうことのできない、とっておきの春の味なのです。

 今回のお稽古では、我々生徒が四ケ伝の中から希望のお手前をお稽古させていただくことになりました
私はその中でも苦手な「唐物(からもの)」
帛紗を行(ぎょう)に捌くのが小さくなってなかなか難しく、お茶入を鐶付(かんつき)に出してから帛紗を戻す時に、ポンとうまく跳ねてはくれません。何度やっても至難の業で、帛紗がばらばらになってしまいます。
渡辺先輩は台天目(だいてんもく)、高橋先輩は盆点(ぼんだて)見ているだけでも勉強になるものです。
今日のお稽古で教えていただいたことを、少しでも忘備録に手を加えておかねばなりません。
来週は台天目点をお願いしようかと思っております。

床   春くれば宿にまづ咲く梅の花君が千歳のかざしともみる 

藤原公任筆として知られている写しで、この季節にしかお目にかかることはできません。
今日いただいた主菓子(おもがし)は京都鶴屋吉信の「花みやび」

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清水の中に桜の花びらがあって、いただくにはもったいないほどの絵を見ているような主菓子だったのです。


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風の森通信 第375号

短歌十首


           「春の温もり」          冨樫 通明


出来たてのよもぎ餅また届きたり友より我に春の温もり


お茶室でしか詠えないページ有り濃茶のみつつ言の葉探す


寒き日は何がなくても赤き炭燃えいるところそれはお茶室


覚えても忘れてはまた教えられ今は体が覚えたる”所作”


「筒茶碗」「大炉お濃茶」「釣り釜」とわたくしだけの春の歳時記


英語にてお茶会をするあなたにはふと「翻訳」の二字を思いぬ


受話器より聞えてくる歌これからの我の人生未知なる世界


風がまだ冷たいからか空もまだ淡い瑠璃色澄みし三月


愛しさが別れに変わるその間行ったり来たりのシャンソンを聞く


ひととせをブログに今宵書き込める弥生三月たのしきことも


                       平成19年3月4日 


久しぶりに月刊「淡交歌壇」に、何首か投稿してみたいと思っている。
さて、どれにしましょうか。


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風の森通信 第374号

ひちぎり

 自然が動きはじめる弥生三月。
一昨日の朝は霜が降りていたかと思えば、今日の日中は気温があがり四月上旬の暖かさ。
冬と春が行ったり来たりのこの季節。
先週までお世話になった大炉はしまわれ、今日のお稽古では釣釜(つりがま)の風情を楽しむことができました。
わずかだけ開けられた戸の隙間から、春の風が入ってきているのでしょうか。

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天井から鎖が下ろされそれに掛けられている釜は微かに揺れていて、置いた柄杓はほんのわずかだけその位置が変わっています。
そんな小さな動きも、春になってきた証拠でしょうか。

 今日は雛祭り。
床には柴田是眞の「雛図」写しが荘られました。

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いただいた主菓子は引千切(ひちぎり)。
ひちぎりは雛祭のときにしかいただけないお菓子です。
昔は宮中の儀式のとき、多くの参内者にお菓子をつくる時間がないので、手で餅の端をひっぱりちぎったためこのように呼ばれるようになったとか。

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一番下のよもぎ餅は草が萌え出した薄緑色。雪が解けて桃の花が咲くので、白色と桃色のふんわりしたきんとんが上に載せられています。
なんとも上品な色あいです。
きんとんは淡雪の儚さと桃の甘さが口に軽く、よもぎの香りと苦味が爽やかな春の味として表現されています。

 今日のお稽古は吊釜での初炭手前。
茶碗荘(ちゃわんかざり)そして薄茶平点前。
高橋先輩が山形の「敬翁桜」を持ってきてくれて、玄関に飾りつけられました。
明日は裏千家淡交会宮城支部平成十九年度総会に出席してきます。お世話になっている先生方にお会いできますこと楽しみです。


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風の森通信 第373号

シャンソンコンサート

 ・平成19年2月18日(日) 16時〜
 ・いわき市 Bar-QUEEN
 ・山田恵子(Vo)、高木佳子(Vo) 他
  竹中敏子(Pf)

 久しぶりのシャンソンコンサート。
ライブハウスは満席で、ステージの歌手の声が直接耳元に届きます。二部構成で約20曲、ドリンクを飲みながら楽しむことができました。
印象に残った曲は「それぞれのテーブル」、「夢の中に君がいる」、「コメディアン」、「風が連れ去った恋」そして「わかっているよ」

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その中でも「夢の中に君がいる」が今も心に残っています。

                    作詞:サルヴァトーレ・アダモ
                    作曲:サルヴァトーレ・アダモ
                    訳詞:岩谷時子

        ごめんなさい 少女の頃を想い出してたの
        そんなにこわい顔しておこらないで
        あの頃もう私はあなたを愛してた
        それだからこの歌をくり返えし唄うの
        それだから唄うのよ この歌をいつも

        腰に手をかけて そんな目をしないで
        あなたこそ 私の最後の恋人

        探していた人はあなただけなのよ
        抱かれた時は私もあなたのものよ
        それでもふるえて明日を思えば
        やがては終るのね 二人の恋も
        やがては終るのね 夢のような恋も

        腰に手をかけて そんな目をしないで
        あなたこそ 私の最後の恋人

        ランララララララ〜ララ
        あなたこそ 私の最後の恋人
 

 1965年にアダモが歌い、日本では越路吹雪が歌っていました。
囁くように歌われ優しく流れていきます。

「君を一番愛しているよ」といいながら、男性は昔の恋の話をしてしまったのでしょう。そのことがきっかけで、女性は彼のもとを去っていくというのです。
昔の夢の中に君はいなかったけど、今は君が夢の中にいると言っているのに。最後の恋人であるなら、そんな昔のことは許してあげればいいのに。彼が怒ったり、がっかりして頭を抱えている様子が目に浮かんできます。
恋愛中は相手の人のいいところを見続けることができるし、欠点さえも良い方向で見てしまうから幸せと感じることができるものです。
でも、なにかのきっかけでその欠点を見過ごすことができなくなった時、別れというものが意識の中に存在してくるのかもしれません。その欠点というのは、以外に自分が持っている欠点だということも多いのではないでしょうか。

 その後の恋の行方はどうなったのだろう。
やっぱり別れてしまったのか、それとも仲直りしたでしょうか。
もし歌の続きがあるなら、どんな展開の歌になっただろう。
いつの時代も、恋は不思議でそして難解なもの。


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