風の森通信 第425号
京の食文化とお茶事
今日は淡交会宮城支部主催の、定期巡回講演会に参加してきました。
・日時 平成19年8月25日(日)午後1時~3時
・場所 裏千家淡交会宮城支部研修道場
・講師 京都南禅寺畔瓢亭第十四代当主 高橋英一氏
「京の食文化とお茶事」
床 鳳雲斎大宗匠筆 万戸擣衣声
万戸(ばんこ)衣を擣(う)つ声
秋の夜、家々からは砧(きぬた)を打つ音が聞えてくる。
昔の日本では夜なべ仕事の一つとして、砧の音が多く聞えてきたという。
砧とは麻・こうぞ・葛などで織った布や絹を槌で打って柔らかくし、つやを出すのに木または石の台でそれを打つことや打つ音のこと。
砧の音は秋を代表する音だったようです。
現代では砧に代わる音は残っているのしょうか。
床に荘られる花を拝見するのも仙台道場に行く楽しみです。
いつもお花を入れてくれるのはどなたなのでしょうか、いつか聞こうと思っているのですが聞きそびれています。
約2時間にわたり高橋先生より「京の食文化とお茶事」についてお話をお聞きすることができました。
京料理の特徴といえば私のイメージでは、上品で華やかそして薄口でしょうか。
京都では「はんなり」という言葉になるようです。
それは美しくそして季節感があり、味はしっかりとしていて食材を生かした味付けとなるのでしょうか。
歴史的には長年宮中を中心とした公家文化が色濃くでていて、儀式的な有職(ゆうそく)料理があります。
他に寺院からは保存食としての精進料理、茶道の懐石料理は温かいものは温かいうちというもの。そして町衆からはおばんざいといわれる日常的に作られるおかず。
地理的にも海から遠い盆地の京都は、他の地域にはない食文化として発展してきたようです。
京の伝統野菜といわれるものは17品目、34種類あるといわれます。面白いのはそれらの種や苗が他府県から持ち込まれ、京都の気候風土にあった栽培が続けられてきたということ。
ちなみに鹿ケ谷南瓜の種は岩手県から入ってきたとか。
京料理は、めりはりのある季節感をまず目で楽しみ、そしておもてなしの心があわさってできた食文化。
京料理には日本文化が凝縮されていると言われる所以でもあります。
四季のある国に生まれた日本人は、四季の感性が身についている国民として特に食材を大切にする国民性。
他にいろいろな種類の食器を使い、器で季節感を楽しむのも世界でも類例がないという。
箸には利休箸、青竹箸、白竹箸、黒文字などの種類の箸も美意識としての文化。
お茶事はそれらを総合的に取り入れ、五節句や二十四節季、雑節、行事などとあわせ季節の食材を念頭に置きながら、器や箸などのことも考慮し、献立を組み立てていくのだと教えていただくことができました。
特にだしについて興味のあるお話がありました。
京都の水は軟水。
軟水の場合は、だしとしては昆布がよく使われなかでも真昆布、利尻昆布、羅臼昆布、日高昆布などが使用されているとのこと。
水温も65度から70度のお湯が一番うまみがとれることも教えていただきました。
ちなみに東京の場合は硬水のため、鰹だしが中心になっているようです。
それにもう一つ勉強になったのは、日本料理に使われる包丁は数が多くあって、片刃の文化だということ。
外国では包丁の裏と表の両方を研ぐのだそうですが、日本の包丁は片方だけを研ぐというもの。
最後に日本の食文化にも触れられました。
戦後の食生活は、これまでとは大きく変わってきたということ。
何千年も続いてきた農耕民族が、たった五十年という短期間のうちに、これほど大きく変わってしまっていいのだろうかとも。
日本人はもっと根菜を食べるべきで、特にごぼうは毎日食卓に並べるようにしなくてはならいないと力説されておられました。
食文化は人を育て、また人の心の豊かさまでをも育てるということからも、もっと大事にしてもらいたいと結ばれました。
その後はスライドを使って、正午の茶事の流れにそった懐石料理について解説していただきました。
「茶事百回」
それだけやってもなかなか身につかないという。
料理にはまったく縁のなかった私にとって、食文化はあまりにも遠い存在でした。懐石料理の一端をお聞きすることができただけでも、「知らないことを減らす」いい機会でもありました。
高橋先生そして企画いただきました淡交会宮城支部の役員の先生方には感謝申し上げます。
今回の定期巡回講演会は福島県いわき支部との合同のものでした。
おかげさまで穂積先生や矢吹先生ともお会いすることができました。同門としてご一緒させていただきましたこと改めて御礼申し上げます。
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