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風の森通信 第2388号


13年後の今も花を咲かせています

 
  陽の匂い花の匂いは暖かし  2024/3/10 冨樫 通明


 仙台は朝方小雪が舞いました。
13年前の大震災の日も雪が降って、仙台市青葉区五橋から自宅まで2時間以上かけて歩いて帰ってきた記憶があります。
特に心配したブロック塀は異常がなく、家もほとんど無傷でホッとしたものです。
当時もクロッカスは庭で一番早く花を咲かせておりました。

 大震災後は命に直結する水道水は断水することなく奇跡的に使えたのでありがたかった。
電気・電話は3日後に復旧。
ただ、都市ガスだけは約1か月後に使えるようになり、その間お風呂に入れなかったのが一番辛かったかもしれません。
大阪から駆けつけてくれた都市ガス工事関係者の方々には大変お世話になりました。今でも皆さま方の復旧工事をされていたお姿が思い出されます。

 車のガソリンはまだ1/2程残っていましたが、2週間後にガソリンスタンドに長時間並んで給油したものです。
食料品はスーパーなどから姿を消し、しばらくは備蓄していた食料で事足りていました。
被災後すぐに山形の兄たちからはおにぎりをはじめいろいろな食料を届けてもらったり、反射式のストーブを運んできてくれたりと本当に助かりました。
食料についてはそのことをきっかけに、自分で食べる野菜だけでも作ろうと震災が起こった3月から家庭菜園をスタートさせることができました。

 地震や津波より被害が長引くであろうと言われていた福島第一原発は、2011年3月14日福島第一原発の水素爆発。
その時に核燃料を保管するプールにあった使用済核燃料は約3000体。
プールの水が熱で干上がれば核燃料が溶けだし、膨大な量の放射性物質が人々が暮らす環境中に放出され、東日本に人が住めなくなるという国難が目の前に迫っていたわけです。
そうなった場合、東北に住む私たちや関東圏に暮らす人々も、北海道や関西などに避難する可能性がありました。

 その危機を食い止め、暴走する原発を安定化させるに使われたのが世界最長(62m)のアームを持つ巨大ポンプ車。
この巨大ポンプ車を無償で提供してくれたのは、一人の中国人と中国の一企業の善意によるものでした。
ヘリコプターで上から放水しても保管プールには届かず、その後この巨大ポンプ車の稼働と他社のコンクリートポンプ車も加わり、継続的に水がプール内に送られたことにより東日本壊滅の危機をなんとか回避することができた言われています。
大活躍を果たした巨大ポンプ車はその後「大キリン」という愛称をつけられ、今も非常時に備え福島第一原発の構内に常設されているようです。
そのことを知ったのはつい先日の福島中央テレビの番組です。

 こうして今も仙台に住んでいられるのは、国内・国外の多くの皆さま方のご支援をいただいたからこそと改めて感謝申し上げます。


 ブログ「風の森通信」で震災関連の写真はこれ1枚のみです。


<2011/5/1撮影>


 宮城県亘理町浜吉田で私が地震発生から約50日後に撮影したものです。
写真右側は太平洋で、美しかった松並木は津波で全て流され、浜吉田の町並みは跡形もなく消え、枯れた1本の木と撤去されなかった大きな石が残されていただけでした。
津波の恐ろしさを改めて思い知らされます。

 東日本大震災の13年目となる節目を迎えることや、1月の能登半島地震そして千葉県東方沖などを震源とする地震が2月下旬以降に相次いることをふまえ、日頃の防災意識の確認と備えておきたい水や食料等の確保も怠らないようにしたいものです。

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プロフィール

 冨樫 通明  (仙台市在住 ・ ぎゃらりー風の森代表)

Author: 冨樫 通明 (仙台市在住 ・ ぎゃらりー風の森代表)
NPO法人和の学校会員、和の学校仙台分校会員。
茶道を中心とした「和の文化」の実践と普及・拡大そして、昔からあった美しい東北の四季とそれを彩る催しを発信していきます。ドイツで生まれたVEEH HARFE(ヴィーハープ)演奏にも取り組み、癒しの音色をお届けしていきます。

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